顎関節症例4

顎関節症 症例4

1.症例

進行した顎関節症が咬合再構成で安定した症例

初診 
1997年 
男性 38才
主訴 数年前から左顎関節が痛だるい、音がする 
現症 左顎関節が時々ロックする
強い歯ぎしり

歯軋りによると思われる磨耗面がいくつもあり
歯軋りを再現してみるとそれらの面がピタリと一致する
磨耗面がツルツルである
これらの所見は、今も歯軋りをしている証拠で、これが歯をすり減らし、歯を失い、顎関節を障害する事になった最大の理由だと考えられます

がっしりした骨格で咬合力が強い
左上の大臼歯が失われている
強い咬合力に加えて歯軋りがあることから
近未来、さらに次の喪失が及ぶと思われます
緊急に咬合崩壊をストップする必要があります

顎関節のレントゲン写真
右顎関節は正常像
左では関節頭が上奥方向に位置異常を起こしており、若干の変形像も認められる

2.咬合崩壊に至る流れ

ここまでの崩壊に至った流れは次のように推察されます
歯軋りは歯を揺り動かします
もしその歯に歯周病があるとダブルパンチをまともに受けることになります
グラグラになった歯が終には抜歯に至るのは時間の問題でしょう
左奥歯が抜けてしまい、左の顎関節に障害が起きたのはこうした理由です
これらの事が重なって噛み合わせが低くなり、左奥へと下顎位がズレ、ますます歯軋りが強くなり…という悪循環へと陥ってしまったと考えられます

3.診断

この症例は顎関節症と歯牙欠損を伴う咬合崩壊のケースです

左上の歯が奥から次々に抜歯になっているということ等から、崩壊は今も進行中だと考えられます
このようなケースでは通常の顎関節症への対応だけでは対症療法的な治療しか出来ないだけでなく咬合崩壊も止まりません
咬合崩壊レベルでの対応が求められ、その中で顎関節症を捉える必要があります
言い換えれば、顎関節症への対応は咬合崩壊を再構成する一環として行うことになります

4.治療計画

推理が正しいければそれにそって治療を行うことになります
診療を進めながら、本当にそれで良いのかステップごとにチェックして行きます
こうしたケースでは冠を被せる治療を伴いますが、いきなり仕上げの冠を被せるのではなく、機能回復を図るために仮歯を使用します
いきなり仕上げるともっと治る余地があってもそれを阻む事になってしまうからです

スプリントに左側への激しい歯ぎしり痕が刻印されている(左写真)
調整を繰り返すと徐々に収まる(右写真)
スプリントによる治療に並行して、咬合調整や仮歯による咬合改善を行う

2年後、治療終了

左右でスムーズに噛めるようになり顎関節症状は消失した

5.治療の結果とその後の経過

下顎位を可能な範囲で復旧し、磨り減った歯を元の形にもどしました
サクサクと噛めるようになり、歯軋りも少なくなりました
しかし、これでも歯軋りを完全にコントロールできるとは限らないため、術後も定期的にチェックすることになりました

術後9年の状態

9年後のレントゲンの比較

左顎関節の術前と9年後の比較

進行はストップしています
関節頭の位置異常は解消されており、変形も改善傾向にあります
その後、新たに歯を失うこともなく、歯周病の進行もありません
顎関節の不調もありません
これらの事を総合すると、現時点までは咬合再構成が奏功し、同時に顎関節症の治療も成功していると考えてよいと思います
顎関節症の治療を咬合再構成の中で行う、という構想が成功した例だと言えるでしょう

6.このケースから学ぶこと

このケースのように、顎関節症では関節円盤を整復できない場合が少なくありません
患者さんは最初にその事を告げられた時には少なからず落胆されますが、進行したこのケースのように、咬合再構成を行って関節にとって適度な条件を整えた後、きちんとケア(セルフケアと定期健診)を行う事によって健常な状態を維持する事が可能です
関節円盤が整復できない場合、関節の後にある軟組織が円盤の代役を果たす事になりますが、軟組織は負担過重でない範囲で働くのであればちょうどペンダコのように丈夫になってくれます
ガッカリする事はないのです

7.顎関節症だけでは収まらない

「風邪は万病の元」と言うように
風邪という病気には全ての病気が関わってきます
時には風邪を治す事だけを考えるのではなく、容易に風邪に罹ってしまう生活そのものが問題になる場合もあるでしょう
顎関節症も同じで、アゴの問題だけでは済まない事が多い、ということを感じられたことと思います
実際問題としてこのケースでは顎関節そのものには何もコンタクトしていない事に注目して下さい
自分でクセを治すこと、顎関節症を治すには噛み合わせの治療が有効である場合があること、さらに普段の暮らし方から見直すこと、などがそれです

8.症例を通して

ご自分の症状と照らし合わせやすいように症状を中心とした配列をしました
一口で顎関節症と言っても様々だということが分かっていただけたと思います
既に述べたように、顎関節症だからと言って顎関節だけを診ていたのでは治すことができません
常に全体を診て、その人毎に病態を把握し、その原因を考察することによって初めて適切な見立てをすることができます
ワンパターンではないのです

それに続く治療の仕方も患者自身が出来ることを優先して自然治癒力を引き出す中で術者はどれだけのことをする必要があるのかを考えます
盲目的に治療を避けるのも、やたらと手を下すのもノーです
その人にとって必要な処置を、必要な時に、必要なだけ行う柔軟性を持つことが大切です

9.治療の介入について

歯科疾患の場合、何らかの問題があると直ぐに治療介入をしてしまう傾向がありますが、これは、虫歯に代表されるように自然治癒力に期待しにくい面があるという歯科疾患の特性に理由があります

例えば、虫歯や歯軋りなどで形の変わってしまった歯が自然に元の形に戻ることはありませんし、クセが原因の歯列不正もクセを治しただけで改善するには限度があります
介入することによるメリットが充分に見込まれる場合には治療をした方が良いと考えられます
タイヤが磨り減るとハンドルの切れが悪く、ブレーキが効きにくく、燃費も高くなるように、歯が磨り減ったり変形したりすると、噛むという働きに直接影響を与えるのです